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津地方裁判所 平成11年(行ウ)6号 判決 2000年1月27日

原告

成田正人

外九名

右原告ら訴訟代理人弁護士

在間正史

被告

三重県知事

北川正恭

三重県出納長

松岡美知男

右被告三重県知事・三重県出納長訴訟代理人弁護士

倉田嚴圓

右被告三重県知事指定代理人

大西春暢

外六名

被告

北川正恭

右被告北川正恭訴訟代理人弁護士

橋本勝利

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  三重県が負担する長良川河口堰建設事業負担金二八六億三一三七万六六一三円を三重県一般会計から工業用水道事業会計へ支出するについて、被告三重県知事北川正恭は支出命令を、被告三重県出納長松岡美知男は支出をしてはならない。

二  被告北川正恭は三重県に対し、二〇億三〇五八万二六九〇円及びこれに対する平成一一年三月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告らが、水資源開発公団が建設した長良川河口堰の建設負担金について三重県が一般会計から工業用水道事業会計(特別会計)に支出するのは違法であるから、被告三重県知事及び被告三重県出納長にその支出命令及び支出の差止めを求め、既に支出した部分については不法行為が成立するとして、三重県に代位して三重県知事である被告北川正恭に右支出額と同額の損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

原告らは、いずれも三重県民であり、被告北川正恭(以下「被告北川」という。)は、平成七年四月から現在まで三重県知事の地位にある者である。

2  長良川河口堰の概要

長良川河口堰(以下「本件堰」ともいう。)は、木曽川水系水資源開発基本計画(以下改正の前後を含めて「本件基本計画」と総称する。)に基づき水資源開発公団(以下「公団」という。)が建設する水資源開発施設で、木曽川水系長良川の河口から約5.4キロメートル上流に位置する(右岸は桑名市、左岸は桑名郡長島町)堰延長六六一メートルの可動堰である。その設置目的は、

① 治水面 堰の設置により塩水の遡上を防止しながら、相当上流域までの河床の大規模浚渫を可能にし、これにより河床を下げて長良川の洪水を安全に流下させること

② 利水面 堰の上流水域を淡水化し、三重県、愛知県及び名古屋市の水道用水、工業用水として最大毎秒22.5立方メートルの用水(このうち、三重県の工業用水は毎秒6.41立方メートル)を確保すること

とされている。

3  長良川河口堰建設の経緯

(一) 内閣総理大臣は、昭和四三年一〇月一五日、目標年次を昭和六〇年として、「木曽川水系における水資源の総合的な開発及び利用の合理化の基本となる水資源開発基本計画」(以下「旧基本計画」という。水資源開発促進法四条)を策定し、これに基づいて建設大臣が定めた「長良川河口堰建設事業に関する事業実施方針」(以下「事業実施方針」という。)により、公団は、「長良川河口堰建設事業に関する事業実施計画」(以下「事業実施計画」という。)を作成し、建設大臣の認可を受けた(公団法一九条一項、二〇条一項)。そして、右旧基本計画に基づいて、木曽川水系において、岩屋ダム、三重用水、阿木川ダム、本件堰、味噌川ダム及び徳山ダムの建設計画が立てられ、建設事業が進められていった。

(二) 旧基本計画の目標年次である昭和六〇年度の八年後である平成五年三月二六日、内閣総理大臣は、旧基本計画を全面的に改定し、目標年次を平成一二年度として新しい基本計画(以下「新基本計画」という。)を策定した。右新基本計画の決定に伴い、事業実施方針は平成七年三月一日に、事業実施計画は同年三月二〇日にそれぞれ改定された。

(三) 本件堰は、昭和六三年にその建設工事に着手し、平成七年三月に完成し、同年五月から本格運用がなされるようになった。

4  長良川河口堰の建設費用及びそれに関する三重県の負担

本件堰の建設に係る総事業費は約一四九三億円であるところ、右建設事業に係る事業費の用途別負担並びにその負担者及び負担者ごとの負担額は、事業実施計画に記載されており、右計画によれば、三重県の工業用水分の負担額は、二六六億二八七八万四三九三円となる。右負担金の支払方法は水資源開発公団施行令二四条四項の割賦支払の方法であり、支払期間が平成七年度から二三年間の元利均等半年賦払い、利子率5.33419パーセントであって、三重県から公団への支払総額は三五五億〇六七二万三七九六円となる。

5  本件支出等

右長良川河口堰建設事業負担金(以下「本件建設負担金」という。)の支払に当たっては、三重県一般会計から同工業用水道事業会計への出資金として、平成七年度から平成一一年度までの間に、合計六八億七五三四万七一七九円が支出された。このうち、平成一〇年度についてみれば、平成一〇年九月二一日に一〇億一六五二万〇二六六円、平成一一年三月二三日に一〇億一四〇六万二四二四円の合計二〇億三〇五八万二六九〇円について、三重県一般会計から同工業用水道事業会計へと支出された(以下平成一〇年度の支出について「本件支出」という。当初原告らは、その請求の趣旨において、①本件建設負担金三五五億〇六七二万三七九六円等の支出の差止めと、②被告北川に対する一〇億一六五二万〇二二六円の支払とを求めていたが、本件訴訟係属中に本件支出がなされたため、原告らは、平成一一年一〇月四日付け準備書面において、前記第一のとおり訴えを変更した。)。

6  住民監査請求

原告らは、平成一〇年一一月二六日及び平成一一年一月一八日に三重県監査委員に対し、本件建設負担金の一般会計から本件特別会計への支出の差止め等を求めて住民監査請求を行ったが、同月二五日、右請求は棄却された。

二  主要な争点

1  本件支出が地方自治法二四二条の二第一項一号(差止請求)及び四号(損害賠償代位請求)の対象となりうるか(本案前の争点)。

2  被告三重県知事に被告適格があるか(本案前の争点)。

3  本件訴えは出訴期間を遵守しているか(本案前の争点)。

4  本件支出は違法か。

(一) 三重県が本件建設負担金の支払義務を負うか。

(二) 本件支出が地方公営企業法一七条の二第二項(地方公営企業の独立採算制)に違反するか。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(被告らの主張)

三重県の工業用水道事業会計は地方公営企業法一七条の特別会計であるところ、特別会計は会計単位としては一般会計から独立しているものの、その会計主体は同じ三重県という地方公共団体であるから、三重県の一般会計から特別会計に公金を支出することは同一会計主体内部における公金の移動にすぎない。したがって、このような一般会計から工業用水道事業会計への出資は、三重県に損害を与える客観的可能性がない行為であるから、そもそも住民訴訟の対象とはなりえない。

(原告らの主張)

差止請求訴訟(地方自治法二四二条の二第一項一号)の対象が「違法な公金支出」という財務会計上の行為であることは条文上明らかであって、財産的損害の発生は要件とされていないから、本件訴えは適法である。

仮に差止請求訴訟において財産上の損害を与え又は与えるべき客観的可能性を有しない行為がその対象から除かれるとしても、以下のとおり本件支出は三重県に財産的損害をもたらすものであるから、本件訴えは適法である。

すなわち、工業用水道事業の経理は前記のとおり一般会計から分離独立した特別会計によって行われるものであり、料金収入による独立採算制が制度化されており、この点で主に税金を財源とする一般会計とは経費の負担者を異にする。このように、一般会計と工業用水道事業会計とは三重県という同一人格内ではあるが、会計単位としては別単位であって、一般会計から工業用水道事業会計への繰入は、本来利用者からの料金収入で賄うべき地方公営企業の経費を一般会計に負担させるもので、税金で維持される公金を減少させるものであるから、財産的損害を生じさせる。また、一般会計から本件特別会計に支出された公金は、直ちに本件特別会計から公団に支払われるから、右の特別会計への支出の時点で財産的損害が発生するといえる。

2  争点2について

(被告三重県知事の主張)

地方自治法二四二条の二第一項一号にいう「当該職員」とは、差止請求の対象となる当該行為を行うべき権限を有する当該地方公共団体の執行機関又は補助機関としての職員であると解すべきところ、三重県では一般会計から工業用水道事業会計に対する出資に関する支出命令の権限は三重県知事から三重県地域振興部資源課長に委任されているから(三重県会計規則八条一項二号)、三重県知事に右支出命令に関する権限はなく、被告適格がない。

3  争点3について

(被告北川の主張)

被告北川に対する損害賠償請求については、前記一5のとおり、その請求額が拡張されたが、その拡張分については新訴となると解すべきところ、右追加請求に係る支出があったのは平成一一年三月二三日であるから、同年一〇月四日になされた右追加請求は出訴期間を徒過したものであって、不適法である。

4  争点4(一)について

(原告らの主張)

(一) 木曽川水系における水需要の実態等と本件堰の無用性

旧基本計画では、水需要について、昭和六〇年には都市用水(工業用水と水道用水)の木曽川水系からの一日最大取水量が毎秒一三二立方メートルになる予測であったが、同年の実績は毎秒三七立方メートルにすぎなかった。このように、過大な見積もりであったため、予測されただけの水需要はその期限が切れる昭和六〇年の時点においては存在しなかったのであって、木曽川水系においては過剰な水余りの状況にあった。

このような状況において、平成五年三月に旧基本計画の改定が行われ、本件堰の工業用水の需要予測について若干の下方修正をしたものの、昭和六〇年から平成一二年までの予測都市用水増加量は一日約三三〇万立方メートルであるのに対し、昭和六〇年から平成四年までの実績を平成一二年まで単純に延長してもその間の増加量は一日一〇五万立方メートルにしか達しないなど、依然として過大な予測となっており、平成四年時の水源のままで水需給の余裕は十分にあった。

また、三重県は、本件堰から工業用水として毎秒九立方メートルを取水する計画であったが、三重県北勢地域の工業用水使用量は昭和四六年をピーク(一日八五万立方メートル)に以後低下し漸減傾向にあり、平成二年には三重県の工業用水のうち、余剰になっていた岩屋ダムの工業用水の毎秒二立方メートル分と本件堰の工業用水毎秒二立方メートルとが愛知県に移譲される有様であり、工業用水は水余りの状況を呈していた。

以上からすれば、旧基本計画の期限が切れる昭和六〇年や、本件堰の建設着工時である昭和六三年から現在に至るまで本件堰の水需要は全くなく、とりわけ三重県にとって本件堰が無用の施設であることは明らかであった。

(二) 本件基本計画自体の違法

前記のとおり、旧基本計画は水需要の予測を著しく誤っており、平成五年に改定された新基本計画も水需要の実績と大幅に乖離したものであり、いずれも違法である。そして、水源開発計画の内容についての判断がすべて本件基本計画によってなされているということ等からすれば、本件基本計画自体の違法は、以後の費用負担に関する行為(負担金の支払方法の決定、負担金の納付の通知と催促)の無効をもたらすと解すべきである。したがって、このような違法な本件基本計画に基づく本件堰の建設負担金の支払義務は発生しないといわなければならない。しかるに、被告三重県知事及び被告三重県出納長は本件堰の建設負担金について漫然と本件支出を行い、あるいはしようとしており、違法である。

なお、本件支出において先行する原因行為とされるのは、本件堰の費用負担行為であるが、これは財務会計に関する行為であるばかりか、これを欠けば支出の根拠が失われるから、公金支出の直後の原因ともいうべき性質のものであって、これが違法であることは本件支出の違法を来たす。仮にそのように解されないとしても、財務会計上の行為が違法となるのは、単にそれが直接法令に違反する場合だけでなく、その原因となる行為が法令に違反し許されない場合も含まれると解すべきである。

(三) 工業用水未利用時における費用負担義務の不発生

公団法二九条一項は、「水資源開発施設を利用して流水を水道若しくは工業用水道の用に供する者」等に当該水資源開発施設の新築等の費用を負担させるとするものであるが、これは、その文言上水源施設によって開発された流水を用いて現実に工業用水道事業等を実施する者に費用を負担させるという意に解すべきものである。しかるに、三重県は本件堰に関して工業用水道を建設しておらず、その流水を工業用水道に用いていないのであるから、この意味でも本件堰の建設負担金等について支払義務を負わない。

また、公団法二〇条二項は、公団は水資源開発施設の新築等に要する費用の負担について利用者等の同意を得なければならないとしているが、ここでいう同意とは当該水資源開発施設の開発水を利用する工業用水道を建設、改良して工業用水道事業を行う者の同意であって、同事業を行わない者の同意は同項にいうところの同意ではないから、三重県知事がこの同意をしたからといって、三重県が本件負担金の支払義務を負うものではない。

(被告らの主張)

(一) 本件基本計画自体の違法性について

(1) 工業用水道事業は、水源開発、水道専用施設の設置など多大な経費を要する事業であり、将来の工業用水需要を見込んで、水資源開発施設の新設に着工しても現実の給水可能時点までの長期間の間に産業構造や経済環境が変化することも少なくなく、右各時点における予測が乖離していることのみをもって直ちに本件基本計画が違法になるものではない。

(2) また、本件堰の建設費の費用負担を三重県に求める公団の賦課行為の性質については、同法二〇条二項の同意を前提とする行政行為と解すべきである。しかるに、本件基本計画は、水資源開発水系における水資源の総合的な開発及び利用の合理的な基本となり(水資源開発促進法四条一項)、公団による河口堰建設の根拠となるもの(公団法一八条一項)であるが、本件基本計画それ自体が直接に費用賦課の根拠となっているものではなく、本件負担金の直接の根拠になっているのは、同法二〇条二項の知事の同意を基礎とした公団法二九条一項に基づく公団の賦課行為であると解されるから、仮に本件基本計画において誤った給水需要予測がなされたとしても、ただそれだけでは、公団の賦課行為が無効にはならない。

(3) さらに、地方自治法二四二条の二第一項四号の損害賠償請求訴訟において当該職員の財務会計上の行為を捉えて損害賠償責任を問うことができるのは、先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてなされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する場合に限られると解すべきところ、本件支出には固有の違法はなく、また、本件基本計画は国家的な政策目標として定められたものであって、国の高度かつ広範な裁量が認められ、被告らが本件基本計画の内容につき容喙できる性質のものではないから、仮に本件基本計画が違法であるとしても、その違法が本件支出の効力に影響を及ぼすものではない。

(二) 工業用水未利用時における費用負担義務の不発生について

負担金の支払時期について、公団法は支払時期及びその始期については内閣総理大臣及び建設大臣の定めるところによる(公団法施行令二四条四項)と規定しているのであって、水資源開発施設を利用して流水を工業用水道の用に供する時期とは無関係である。また、一般論としても、流水を利用するかしないかという利用者個別の事情で費用負担義務が発生したりしなかったりという解釈が成り立つはずがない。したがって、本件堰を利用して流水を工業用水道の用に供していないことが、本件堰の建設費用負担義務に何ら影響を及ぼすものではない。

5  争点4(二)について

(原告らの主張)

工業用水道事業は地方公営事業であり、独立採算制を採っている(地方財政法六条、地方公営企業法一七条の二)。地方公営企業の独立採算制は地方財政法等で義務付けられた準則であって、法令で定める場合を除いては一般会計から特別会計への繰出出資は認められない(地方財政法六条、地方公営企業法一七条の二第一項)。本件堰に係る三重県の工業用水は、前記のとおりその需要がないことは明らかであるから、本件建設負担金に見合う料金収入がなく、このような債務を負担することは事業自体を再建不能な経営破綻に陥らせるものであるから、本件支出は、同法一七条の二によって認められている繰出出資の要件にも該当しない。また、同法一八条によって特別会計への「出資」が許容されているが、これは独立採算制の例外であるから、許容されるか否か厳格に審査される必要があり、少なくとも、右のような事業自体を破綻に陥らせるような債務の支払資金についてまで、同条の「出資」が許容されているとは到底解することはできない。したがって、このような本件支出は、違法である。

(被告らの主張)

本件出資金は、地方公営企業法一八条一項に基づき資本的支出として工業用水道事業会計に繰り出されたものであって、原告が主張する同法一七条の二第一項の負担区分に基づく「出資」とは別のものであって、地方公営企業の自己資本の造成ないし増加のための一般会計からの出捐に該当し、適法である。三重県は右出資により長良川河口堰を利用して流水を工業用水道に供することができる権利を取得することができる等、無条件に一般会計から財政的な援助を受けたことにはならず、このような出資は地方公営企業の独立採算制に違反するものではない。

また、本件支出に関する支出命令は公団法二九条により三重県企業庁が公団に対し費用負担義務を負うに至ったことによるものであるが、同法には建設費負担行為の取消しまたは撤回を認めた規定はなく、それを取り消したり撤回することができない以上、建設費負担義務を免れることはできない。そうであればそれを前提として支出命令をしなければならず、本件支出に関する支出命令が違法となる余地はないというべきである。

第三  当裁判所の判断

まず、争点1、すなわち、原告らが本件訴訟において問題としている本件建設負担金の三重県一般会計から同工業用水道事業会計への支出が住民訴訟の対象となりうるかについて判断する。

地方自治法二四二条の二における住民訴訟は、当該地方公共団体の住民のため法律が特別に定めた訴訟形態(民衆訴訟の一種)であるから(行政事件訴訟法五条)、その対象となる行為は根拠法令の規定及び制度の趣旨、目的に従って限定されるというべきであり、その対象適格を有しない行為に関する訴えは不適法として却下されると解するのが相当である。このような観点から住民訴訟の対象について検討するに、住民訴訟制度は、地方公共団体の執行機関又は職員による財務会計上の違法な行為等が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与えたものであると解されるところ(最高裁判所昭和五三年三月三〇日第一小法廷判決民集三二巻二号四八五頁)、その制度趣旨からすれば地方自治法二四二条の二の「当該行為」とは、財務的処理をその直接の目的とする行為であって、直接かつ固有の効果として当該地方公共団体に財産的損害を与えもしくは与えるべき客観的可能性を有する行為をいうと解するのが相当である。すなわち、その行為の性質上、当該地方公共団体に損害を与える客観的可能性のない行為は、財務会計上の行為であっても住民訴訟の対象から除かれると解すべきである。

これを本件についてみるに、工業用水道事業は地方公営企業であり(地方公営企業法二条一項二号)、その財務については特別会計を設けて行うものとされているところ、本件において対象とされている行為は公金を一般会計から右の工業用水道事業会計へ支出する行為であるが、一般会計も工業用水道事業会計も三重県という同一の法人格に分属する手続であるから、右行為は実質的には同一法人格内部の公金の振替にすぎず、このような内部行為については、住民訴訟の対象とするにはいまだ成熟していないというべきであるし、公金が一般会計から工業用水道事業会計に支出されたのみでは三重県が保有する公金の額は何ら減少するものではないから、三重県に何らの財産的損害を与える客観的可能性もない。以上からすれば、本件支出は住民訴訟の対象適格を有しないといわざるを得ない。

これに対して、原告らは、一般会計と工業用水道事業会計とは三重県という同一人格内ではあるが、会計単位としては別単位であり、とりわけ工業用水道事業においては独立採算制がとられているのであるから(地方公営企業法一七条の二第二項)、一般会計から工業用水道事業会計への繰入を行うことは本来利用者からの料金収入で賄うべき地方公営企業の経費を一般会計に負担させることを意味し、ひいては税金で維持される公金を減少させるものであって、財産的損害を生じさせる旨主張する。しかしながら、損害の発生の有無については法人格を基準にすべきであるのは当然であり、同一法人格内の金員の移動であっても会計単位や財源が異なれば損害となりうるというのは独自の見解であるから、採用することができない。仮に、原告ら主張の見解を採るとすれば、本件とは逆に、料金収入を財政基盤とする地方公営企業の財務会計行為は、地方公営企業が別個の会計単位をなす以上、租税公金の減少を来たさないから、これについて住民訴訟を提起することは原則として不適法であると解さなければ一貫しないことになるが、このような解釈を採り得ないことは明らかである(最高裁判所平成三年一二月二〇日第二小法廷判決民集四五巻九号一五〇三頁等)。

また、原告らは、工業用水道事業会計に支出されれば直ちに公団に支出されるから、同会計に支出された時点で確実に損害が生じる旨主張するが、そうであれば、なおさら本件においては工業用水道事業会計から公団への支出をもって損害と捉えるべきものであったと考えられ、そのような訴訟形態もあり得たのであるから、前記のような解釈を否定する理由とはならない。

第四  結論

以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、本件訴えは差止請求・損害賠償請求のいずれについても住民訴訟の対象適格を有しない行為を対象としたもので不適法であると認められる。したがって、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山川悦男 裁判官増田周三 裁判官西村康一郎)

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